お灸の原料として知られる「もぐさ」は、「よもぎ」から作られています。
お灸の他にもはよもぎ餅、よもぎそば、よもぎ茶、よもぎ風呂やよもぎ蒸し、その上薬玉や神事にまで、さまざまな形で使われ、昔から親しまれてきた身近な植物のひとつです。春を迎え、「よもぎ」が芽吹きはじめる季節です。
━「よもぎ」とは
「よもぎ」は、キク科ヨモギ属(アルテミシア属)に属する多年草で、日本をはじめ世界中に広く分布しています。学名は Artemisia princeps で、ギリシャ神話の月の女神アルテミスに由来し、花言葉には「幸福」「平和」「夫婦愛」「決して離れない」といった意味が込められています。
━春の香り、「よもぎ」とともに
平安時代の女流作家・清少納言も、その香りに春を感じた一人でした。
随筆『枕草子』(二〇八段)には、春を迎えたある日、外出した清少納言は自分が乗った牛車の車輪に踏まれた道端の「よもぎ」の香りに春を感じ、「おかし」(趣がある)と記した一節があります。
その香りは、平安の人々にとっても春の象徴だったのでしょう。
ハーブの母とも呼ばれる「よもぎ」の香りは春の訪れを感じさせ、私たちの心に温かい季節の喜びを運んでくれます。
また、世界各地ではその強い香りが、防虫や邪気を払う魔法の草として、さまざまな儀式や祭礼に用いられてきました。
━日本の代表的な「よもぎ」の種類
一口に「よもぎ」といっても種類は、400以上もあると言われています。中でも代表的なものはカズザキヨモギ、オオヨモギ、ニシヨモギなどがあります。
カズザキヨモギは、日本で最も親しまれている「よもぎ」。別名モチグサとも呼ばれ、草餅の材料として使われます。葉の付け根には仮托葉(かりたくよう)と呼ばれる小さな葉があるのが特徴です。
オオヨモギ(大蓬)は、北海道の道端でよく見られます。アイヌの文化では、オオヨモギをノヤと呼び、食用や薬用だけでなく、神事の道具としても使われていました。大きいものは高さが約2mにも成長します。
ニシヨモギ(西蓬)は、別名フーチバーやオキナワヨモギとも呼ばれ、沖縄では薬味や野菜として親しまれています。
ニガヨモギ(苦蓬)は、強い苦味と独特の香りがあり、薬草やリキュールの原料として活用されてきました。夏から秋にかけて小さな黄色い花をたくさん咲かせます。
カワラヨモギ(河原蓬)は、薬草として利用され、特に漢方薬のインチンコウ(茵蔯蒿)として重宝されてきました。葉は細い糸状が特徴です。
このほかにも、鳥取県の大神山神社では、毎年7月に行われる古式祭でヒトツバヨモギが神事に用いられます。愛知県では絶滅危惧種に指定されているヒメヨモギもあります。一口に「よもぎ」と言ってもさまざまな種類があり、それぞれの特徴を活かして、飲んだり、つけたり、浸かったり、嗅いだり、燃やしたりと、さまざまな使い方がされてきました。
散歩をしながら道端や野原で自生する「よもぎ」を見つけ、春の訪れを感じるとともに、今年は「よもぎ」を手でもんで香りを楽しんだり、押し葉にしてみたり、観察の記録を残してみるのも、素敵な春の過ごし方かもしれません。
また初夏には、小さな花を咲かせる「よもぎ」。春とはまた違うその表情にも、ぜひ目を向けてみてください。