世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし
平安初期に生まれた伊勢物語に詠まれた歌にもありますが、桜というのは今も桜の季節が近づくとだれもが気にして心そわそわしれくるふしぎな花なのです。
植物の中で花の開花がニュースになり、それも全国各地の気象台に決められた標準木と呼ばれる特定の桜の木に花が5~6輪咲くのが観測できると開花が宣言される花は他にはありません。
見わたす限り桜色に染める桜や、どこまでもつづく桜並木の見事さなど、桜風景はあげるときりがありませんが、そうした桜のなかで人の心をとらえてはなさないのが一本桜と呼ばれる桜。日本列島の北から南まであちこちにありますが、樹齢数百年からなかには千年をこえるものもあり、幹廻りも10メートル以上という桜もあります。
一本桜の魅力はその圧倒的な存在感。
普通お花見というと花を見るのが目的ですが、一本桜はその樹のすべてを見るというより、その樹に逢いに行くというコトバがぴったり。今年もきれいに咲いてくれてと逢いにきた人をそんな気持ちにさせてくれるのが一本桜なのです。
そしてそこに住む人たちにとっても一本桜の存在は、生活そのもの。花の季節は短くとも一年間下草を刈り、何かと気にかけ、美しい花が咲くようにと家族のようにして見守る里人の存在を忘れることはできないのです。
コロナウイルス感染症で移動の自粛が連日伝えられて、桜をたづねる人も限られても一本桜は地元の人たちに感謝をこめて今年も何事もなかったように花をつけていることと思います。